斬新な原作小説に刺激を受けたスピエリッグ兄弟の
これまでにないタイムトラベル映画への挑戦
ピーター・スピエリッグがSF界の伝説的な作家ロバート・A・ハインラインの有名な短編「輪廻の蛇」を初めて読んだのは何年も前のことだった。タイムトラベルのジャンルに新たなひねりを加えた物語に熱狂したピーターは「こんな斬新なタイムトラベルの話を読んだことはなかったし、今後新たに生まれることもないだろう」と言う。1945年から1993年までの時空を移動する複雑なストーリーと逆説的なテーマはピーターに刺激を与え、いつか映画化すると確信させた。「そしてある日、机に向かって脚本を書き始めたんだ」。
プロデューサーのパディ・マクドナルドが語る。「これまで読んできた脚本のどれとも似ていないものと出会うことは滅多にない。脚本の練り上げ方と構成に、唯一無二の視点とクオリティがあったんだ」。ピーターと双子のマイケルは「従来の映画の慣例に当てはまらない5つか6つのストーリーを内包するこの作品は、アクション映画、探偵映画であり、とても私的なドラマとしての語り口もある」と本作について語る。次にマクドナルドが説明する。「観る人によって違う映画になるだろう。学術、哲学、神学の要素を取り入れ、それらにさらなる遊びを加えているからね。これまでにない語り口のタイムトラベル映画だ」。さらにロバートソン役のノア・テイラーは「これは先の展開を予想できるような映画ではない。エキサイティングであると同時に、イーサンとサラの演技の素晴らしさがキャラクターの感情、そして時空間を超えたストーリーに感情移入させ、感動をもたらす。エンターテイメントでありながら示唆に富んだ作品だ」と評している。
撮影現場でのスピエリッグ兄弟は、共同監督として絶大な信頼関係で結ばれ、混乱に陥ることが一切ないという。『デイブレイカー』でも彼らと組んだホークが証言する。「僕が今まで一緒に仕事をしてきた素晴らしい監督たちに何かアドバイスをできるとしたら、それは"双子を持つべきだ"ということだね。素晴らしい大物監督ほど誇大妄想癖に陥り、何でも知っているような気になりがちだ。でもピーターとマイケルの場合は兄弟が常に横にいることで、お互いに注意したり、サポートしあったりできるんだ。それに何より、常に信頼できるベストフレンドが近くにいてくれるって最高だよね」。撮影監督のベン・ノットは「言わばピーターが頭で、マイケルが心だと思う。でも、しょっちゅう入れ替わるから、そうとも言えないんだけど」と付け加える。
双子監督とイーサン・ホークの2度目のタッグ
そして異色の2役を演じきった新進女優サラ・スヌーク
本作に含まれるパラドックス的なアイデアは、スピエリッグ兄弟にキャスティング上の難しい問題を突きつけた。マイケルは「どうやってまとめるべきか、どの俳優にどの役をどこまで演じさせ、どこでクロスオ-バーさせるか、といった部分にとても多くの時間を割いたよ」と振り返る。
兄弟は製作の早い段階でイーサン・ホークの起用を思い描いていたが、この引く手あまたの俳優をキャスティングできるかという不安を抱いていた。しかし彼らが感謝祭の休暇中にメールを送ると、わずか一日で「参加する」とホークからの返信があったという。マイケルは「イーサンのメールには"質問はひとつだけ。僕の役は?"と書かれていた。僕らは顔を見合わせて"まだだ。一緒に考えよう"と返答したんだ」と話す。
マイケルがホークの魅力について語る。「イーサンはとても才能あふれる俳優で、積極的なんだ。脚本にも関わり、意見を述べてくれる。こうやって本当に作品と向き合ってくれると、とてもやりがいがある。彼はただ現場に現れ、セリフを読み上げるだけでなく、積極的に映画に入り込んでくれるんだ」。こうして兄弟はホークがバーテンダー役に最適との結論に至った。脚本を読み、示唆に富んだテーマに引き込まれたホークは次のように語る。「この映画は運命と自由意志の特性について描いている。なぜ僕らは人生で何か起きるたびに、それが避けられない必然であったと受け止めるのか。そして未来のことを想起する際、なぜ何千もの可能性があると考えるのか。そこに本作の面白さのエッセンスがあると思う」。
続いて兄弟は、ふたつの性とふたつの役にまたがる"未婚の母"をキャスティングする難題に直面した。マイケルは「"未婚の母"の青年とジェーンを男女ふたりの俳優に演じてもらうべきかどうか、何度も推敲したよ。一番面白いのは両方を演じられる俳優を見つけることだったけど、本当にうまくできるか不安だった。失敗すれば映画そのものが台なしになるから」と当時を振り返る。
やがてプロデューサー陣は、数多くのTVドラマや映画で活躍していたサラ・スヌークに出会った。エージェントから脚本ではなく原作小説を渡され、この企画を知らされたスヌークが語る。「映画の中枢を担う男性と女性を演じ分ける複雑な役柄を得られるチャンスにとても興奮したわ。こんなチャンスは滅多にないから」。プロデューサーのティム・マクガハンが彼女の挑戦を振り返る。「多くの特殊メイクを試した。なるべくシンプルで自然に仕上げながら、ジェーンが"未婚の母"へ変貌する過程の経験を表現したかった」。そしてマクガハンはスヌークの演技に圧倒された。「最も驚かされたのは、サラが"未婚の母"を演じたシーンだ。日々出来上がってくる映像を観るたびに"信じられない"と思ったよ」。
次に撮影監督のベン・ノットが自らの役割を語る。「美しい女性を男性に変えるのは特殊メイクによる部分が大きいけれど、被写体との角度、照明の仕方に工夫をした。女性パートではハイキーで美しさを前面に出し、男性パートでは暗く、語られざる事情を抱えた様子を表現するようにした。カメラサイドからも影を味方につけて、男性への変貌を担うメーキャップをサポートするように心がけたんだ。でも最終的にはサラ自身が見事にやり遂げたよ」。
細部に至るまで入念な準備を経て行われた
オーストラリア・メルボルンでの撮影
とても複雑で凝ったテーマと脚本ゆえに、スピエリッグ兄弟はプリ・プロダクション作業が非常に厳しく、シビアなものになると考えていた。ピーターは「映画の撮影行程は非常に貴重な時間だ。だから出来る限りしっかりとした準備をして挑み、現場では計画通り実行することに集中できるよう多くの時間を割いた。映画全体の印象から、細かなディテール、衣装、小道具の隅々までできることはすべてだ。現場入りして手探りなんてしないようにね」と語る。そしてロケ地には、タイムトラベルの要素や多くのエピソードに対応したロケーションが揃っているメルボルンが選ばれ、32日間の撮影が行われた。
物語が1940年代~1990年代を行き来するため、時代ごとの差別化が必須だった。オーストラリアで最も著名な撮影監督ベン・ノットは、この挑戦を楽しんだ。「時代設定は建築様式やデザインで差別化した。そして時代ごとにカラーを設定し、イメージを画に埋め込んだ。1970年代は銀塩写真のイメージで、1940年代は少し乾いた感じにしたり、美術設定を補完する要素を加え、観客がタイムトラベルを体感できるようにした」。またノットは、本作のフィルムノワール的なテイストも見事に映像に反映させた。「ヴィジュアルも大事だが、ストーリーが特に大切な映画だからフィルムノワールのマナーに則り、かつての名作の深い影の演出を拝借した。なるべく多くの影を取り入れ、そして現代的なアレンジを多く施し、遊び心も加えたんだ」。
約半世紀の時間旅行をヴィジュアルで表現した
プロダクション・デザインと衣装の試み
スピエリッグ兄弟は大学時代の同級生でもあるマシュー・プットランドをプロダクション・デザイナーに迎えた。プットランドは兄弟の初長編『アンデッド』(03)のデザインも担当しており、彼の映画とテレビ両方での経験が、メルボルンの街並みを1940年代から1990年代のアメリカへと見事に変貌させた。
衣装デザイナーのウェンディ・コークは、このプロジェクトにとても駆り立てられた。「まずヴィジュアル面に入る前に、パズルを解くところから始まったわ。登場人物、時代、人格、そして性別まで飛び超えていくから、壮大なジグソーパズルを解くような感じだった」。衣装デザインの工程は、キャラクターの設定を分析、定義していく作業を含んだ。複雑な時空間の旅の中でキャラクターがさまざまな方向に分岐していくため、それを反映した衣装と美術を設計する必要があった。コークは「デザイン作業に入る前にキャラクターの解剖作業をたくさんしたわ」と振り返る。
プットランドとコークは、スピエリッグ兄弟や撮影監督ベン・ノットとともに、各時代のカラーパレットを設定することにした。プットランドは「この映画を難解にする要因に、多くの時代を跨ぐことがある。だから早い段階で時代ごとのカラー設定を検討した。1940年代はドライなグリーンと汚れた感じ。1960年代は清潔感あるブルーを基調にシルバーとピーコック・グリーンでスペースコープ社のモダンなテイストを演出した。1970年代はブラウン、オレンジといったアース系のカラー。そして1980年代と1990年代は、モノクロ基調でタイムレスな感じに仕上げた」と話す。
物語の柱を担うのは、"未婚の母"がバーテンダーに数奇な生い立ちを打ち明ける1970年代のバーの場面だ。プットランドは「ストーリーの構造を説明する重要な要素はこのシーンに集約した。必然的に画面に映る時間が長いので、このシーンは特に多くのディテールを凝らし、観客を飽きさせないようにした」と説明する。またプットランドは、色味や質感にこだわって空気感を表現した。「バーのテイストは1970年代のカラーパレットでブラウンを多用し、琥珀色のガラスや真鍮の金物にこだわった。バーのエントランスや中央カウンターを含めて360度のセットを造り、地下の事務スペースへの階段のドアまで実際の映画のシーン同様にこしらえたんだ」。