スティーヴン・ソダーバーグは26歳のとき、『セックスと嘘とビデオテープ』で史上最年少パルム・ドールを受賞。37歳、『トラフィック』でアカデミー賞監督賞を受賞。その翌年、『オーシャンズ11』で世界中にその名を知られることとなった。50歳、最後の劇場映画として彼が選んだのは、薬物社会を舞台に描く、男と女の心理サスペンス。主人公バンクスを演じるのは、『コンテイジョン』でもソダーバーグと組んだジュード・ロウ。誠実なファミリーマンでありながらミステリアスな女性患者に魅せられていく精神科医の葛藤を迫真の演技で表現している。
バンクスを惑わせるエミリーに扮するのは、デヴィッド・フィンチャー監督作品『ドラゴン・タトゥーの女』のリスベット役が記憶に新しいルーニー・マーラ。その可憐 なルックスに似合わぬ劇中の大胆な振る舞いはあらゆる観客を虜にするほどの無防備な魔性を放っている。
マーラと艶やかさを競うオスカー女優キャサリン・ゼ タ=ジョーンズが思わせぶりに演じる女医シーバートは、バンクスの敵か味方か。そして、ハリウッド大作への主演作が相次ぐチャニング・テイタムも加わり、最後を飾るにふさわしい豪華キャストが集結した。
本作は、薬の副作用が招いた一つの殺人事件と、その事件に潜む陰謀に迫って行く極上のサスペンス映画である。
ひねりの効いた筋立てと緊張感に、ヒッチコックの現代版と、ベルリン国際映画祭で大喝采を浴びた。ソダーバーグの最後のメッセージとは?


あらゆる情報が行き交う都市ニューヨーク。28歳 のエミリーは最愛の夫マーティンをインサイダー取引の罪で収監され、幸福の絶頂から絶望のどん底に突き落とされる。その数奇な人生はマーティンの出所により好転するかと思われたが、夫の不在中にうつ病を再発させていたエミリーは自殺未遂を犯してしまう。そこで担当医になった精神科医バンクスは彼女に新薬を処方するが、今度は薬の副作用で夢遊病を発症してしまった。しかし、その薬のおかげで夫との関係も回復したと言い張るエミリー。服用を辞めたがらない彼女だったが、ある日遂に夢遊病状態のまま、殺人事件を起こしてしまう。主治医の責任を問われ、キャリアも家庭も失いかねない窮地に追い込まれたバンクスは、自らの名誉のため、独自の調査に乗り出し、このセンセーショナルな殺人事件の背後に渦巻く衝撃的な真実に迫って行くのだった・・・。

 本作はルーニー・マーラが『ドラゴン・タトゥーの女』(11)でアカデミー主演女優賞にノミネートされて以来、初めて出演した映画となった。デヴィッド・フィンチャー監督の『ソーシャル・ネットワーク』(10)で初めてマーラに注目したソダーバーグ監督が裏話を打ち明ける。「デヴィッドが『ドラゴン・タトゥーの女』をキャスティングするとき、ルーニーを主役にするのをどう思うかと尋ねてきたんだ。僕はその考えに大賛成だった。あの映画は特に有名ではない女優のほうがいいと感じたからだ。僕がルーニーの配役についてデヴィッドを勇気づけたという噂を聞いた彼女と、僕は親しい友人になった。そして今回、エミリー役にルーニーを選んだんだ」。
 マーラはこの物語とエミリーという役柄の両方に心を奪われたと語る。「何度も読み返す必要があったわ。脚本の構造はひとつだと思っていても、後から何か別のものがあると気づくの。今はこんなふうにサスペンス・スリラーを作る人はいないわ。古典映画に逆戻りしたように感じたの」。さらにマーラは続ける。「それにエミリーはとても複雑で面白いキャラクターだった。こんなふうに女性のために書かれた役を読むことは少ないわ。通常は恋人や妻といった、男性の脇役を演じることが多いの。こんな重要な役に出会えるなんて、本当にワクワクしたわ」。
 またソダーバーグは『コンテイジョン』で共に仕事をしたばかりのジュード・ロウにバンクス博士役をオファーした。「ジュードは執着する演技がとてもうまい」と監督は語る。「何かを求めているときのジュードからは目が離せない。バンクスがアメリカ人ではないことも彼を選ぶ要素になったと思う。だから僕はジュードにアクセントを変えないでくれと頼んだ。バンクスはいろいろなことに対応してきたが、彼が異なる文化圏の出身だということが彼をのちに苦しめる要素になる」。
 すぐにこの役に興味をそそられたロウは、精神医学と処方薬の世界を舞台にした本作を、洗練された大人のサスペンス映画だと表現する。「脚本のとても賢いところは、薬剤の問題を過度に強調しないところだ。これはすべてを持つ者とすべてを失う者を描いた作品だ。優れた推理小説の要素もある。おそらく観客はひねった展開を推測し続け、もう一度戻って見直したいと思うだろうね」。

1963年、ジョージア州アトランタ生まれ。中学時代に自主映画を作り始め、ハリウッドで編集者として働いたのち、地元に戻って脚本執筆やドキュメンタリー製作に取り組む。初の長編映画『セックスと嘘とビデオテープ』(89)はカンヌ国際映画祭に出品され、史上最年少の26歳の若さで最高賞パルムドールを獲得。同作品はサンダンス映画祭観客賞にも輝いた。2000年には『トラフィック』『エリン・ブロコビッチ』の2作品が共にアカデミー作品賞、監督賞にノミネートされる快挙を達成し、『トラフィック』で監督賞を受賞した。また『アウト・オブ・サイト』(98)、『イギリスから来た男』(99)といったユニークな犯罪映画で評価を高め、ジョージ・クルーニーやブラッド・ピットらのオールスターキャストを揃えた『オーシャンズ11』(01)は、その後2本の続編を生み出すスマッシュ・ヒットとなった。2008年には革命家チェ・ゲバラの人生を映画化した2部作『チェ 28歳の革命』『チェ 39歳別れの手紙』を発表するなど、型にはまらない創作活動を展開。『コンテイジョン』(11)、『エージェント・マロリー』(11)、『マジック・マイク』(12)といった近作も好評を博している。『サイド・エフェクト』以降の新作として、TVムービーでありながらカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された「Behind the Candelabra」(13)、クライヴ・オーウェン主演のTVミニ・シリーズ「The Knick」(14)などが控えている。
ミネソタ大学を最優等で卒業後、広告業界でキャリアをスタート。アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を獲得した『不都合な真実』(06)の製作を務め、スティーヴン・ソダーバーグとジョージ・クルーニーが製作した『PU-239』(06・未)では監督&脚本を兼任した。その後は『ボーン・アルティメイタム』(07)の脚本を手がけ、『インフォーマント!』(09)と『コンテイジョン』(11)でもソダーバーグとコンビを組んでいる。現在は1999年のコロンバイン高校銃乱射事件に基づく舞台劇「The Library」を執筆中で、同作品はソダーバーグが演出を担当する予定だという。
ニューヨーク大学メディカルセンターの法精神医学部副部長、マンハッタンで行われた ケンドラ法プログラムのディレクターなどの職を経て、ライカーズ島の精神衛生センターの所長に就任。現在はニューヨーク大学メディカルセンターとニュー ヨーク医科大学で教鞭を執っている。またコメンテーターとして、たびたびテレビに出演。マーク・フォースター監督作品『ステイ』(05)やTVシリーズ「LAW & ORDER クリミナル・インテント」(07〜09)、「LAW & ORDER : 性犯罪特捜班」(11〜12)などでコンサルタントを務めたこともある。